ヤマハ(ヤマハ発動機)の創立は1955年で、オートバイの国内4大メーカーの中では最後発です。
オートバイ専門メーカーと思われがちですが、プールや浄水器、無人ヘリコプターといったものまで作っています。
オートバイはデザインとカラーリングが優れる傾向にあり、「技術のホンダ、芸術のヤマハ、変態のスズキ(?)、漢のカワサキ」などと例えられているようです。
オートバイだけでなく、トヨタ向けのスポーツエンジンの製造を担当しており、名機と呼ばれる4A-GEU、3S-GE、2JZなどは全てヤマハ発動機製で、あの2000GTのエンジンもヤマハ製です。
デビュー戦の富士登山レース、浅間高原レースを制した1955年から、ヤマハバイク(正式名称ヤマハ発動機株式会社)の歴史がはじまります。
1955年に日本楽器製造から分離し、国内レースでモーターサイクル製品第1号「YA-1」が優勝。
1958年には、アメリカ第8回カタリナグランプリレースに初出場し6位入賞。
その後も、「YDS-1」「XS-1」「RZ250」と次々にバイク好きが魅せられる製品を世に送り出し、世界的な二輪メーカーに成長していきます。
1960年代、アメリカに海外現地法人を設立、東京証券取引所第1部に新規上場。
世界GPロードレース:ベルギーGPの250ccクラスで初優勝と、数々の実績を積み上げながら、トヨタ自動車工業と業務提携をした。
1970年代も海外進出を続けつつ、産業用ロボット「CAME」を開発し生産ラインに投入。
1980年代、産業用ヘリコプターの限定発売など事業を広げながら盲導犬育成募金を開始するなど社会貢献も行ってきました。
1990年代に入ると、地球環境対策室の設置、2010年環境アクションプラン「Eco・Cite YAMAHA」の策定など環境問題への取り組みを始めた。
2000年代、トヨタと資本提携・業務提携を強めつつ、健康食品第1弾「ASTIVO」を発売するなど幅広い事業を展開しています。